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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)367号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 東和出版株式会社

被控訴人(附帯控訴人) 武田郁太郎

主文

本件控訴及び附帯控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人の、各負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)の請求を棄却する。被控訴人の附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「控訴人の控訴を棄却する。」との判決並びに附帯控訴として「原判決中後記被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し七一一、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年一一月二二日以降その完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被控訴人は、請求原因及び控訴人の抗弁に対する答弁として、次のとおり陳述した。

一、被控訴人は、控訴人振出にかかる別紙手形目録〈省略〉記載番号1ないし11の各約束手形一一通(以下本件1の手形、同2の手形というように右番号によつて略称する)及び別紙小切手目録〈省略〉記載の持参人払式小切手一通(以下本件小切手という)の所持人であつて、右小切手は昭和四一年八月二九日頃一旦支払人に呈示して支払を求めたがその後都合によりその取立を撤回したものであり、また本件9及び11の各手形は被控訴人が受取人吉武憲二郎から指名債権譲渡の方法によつて譲受けたものである。

よつて、被控訴人は控訴人に対し右各手形金及び小切手金の合計一、二五一、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年一一月二二日以降その完済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

なお、被控訴人が附帯控訴によつて変更を求めるのは、原判決中本件4ないし8及び10の各手形金請求に関する部分である。

二  控訴人の主張する抗弁事実はすべてこれを否認する。

仮に、本件4ないし8及び10の各手形の満期日が控訴人主張のように変造されたものであるとしても、そのために受取人吉武から被控訴人への右各手形の裏書が期限後裏書となり、被控訴人が控訴人の吉武に対する人的抗弁の対抗を受けることとなる訳ではない。すなわち、手形法第六九条は手形が変造された場合であつても、所持人は現在の手形面記載どおりの権利を行使することができることを原則とし、従つて変造前の手形署名者も本来は変造後の手形文言に従つて責任を負うべきであるが、かくては署名者に不当に加重された責任を負わせる結果を生ずる場合があるので、これを保護するため手形の記載はともかくとして特にその責任を変造前の原文言の範囲にとどめ、以て両者の利害の調節を図ろうとした規定であつて、それ以外に、手形の記載ないし効力を原文言に復帰させ、署名者に予期しない利益を帰属させる反面所持人の権利を不必要に圧迫することを趣旨とするものではない。従つて、裏書が変造後の満期日より前になされているに拘らず変造前の満期日が裏書の日より前であることを理由としてこれを期限後裏書と解し、変造前の署名者の人的抗弁の成立を認めることは、右法条の趣旨を逸脱する不当な解釈というべきである。

また、別紙目録記載の居宅及び店舗は被控訴人が本件各手形金債権及び本件小切手金債権とは別個の吉武に対する貸金債権の担保として提供を受けたものであるばかりでなく、仮に、控訴人主張のように右居宅及び店舗が本件各手形金及び本件小切手金の支払を確保するために提供されたものであるとしても、そのために被控訴人が右各手形及び小切手を吉武に返還しなくてはならないものではない。

控訴人は、請求原因に対する答弁及び抗弁として、次のとおり陳述した。

一、被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人が本件9及び11の各手形を吉武憲二郎より指名債権譲渡の方法によつて譲受けたことは知らないが、その余の事実は認める。但し、本件4ないし8、10及び11の各手形並びに本件小切手は、後述のように金額、満期日または振出日を変造されたものである。

二、控訴人は昭和三九年頃から吉武憲二郎に対し融通手形及び小切手を貸与し、同人は被控訴人からその割引を受けていたのであるが、その決済には、吉武において右手形の満期日又は先日付小切手の振出日に当該手形金または小切手金を被控訴人に支払つて手形または小切手の返戻を受けた上これを控訴人に返還し、控訴人は吉武から見返りとして交付を受けていた手形を同人に返還するという方法をとつていた。本件各手形及び本件小切手はいずれも控訴人が吉武に対して振出した右融通手形及び小切手の一部であるけれども、本件4、7及び10の各手形の金額欄及び満期欄、同5、6、8及び11の各手形の満期欄並びに本件小切手の振出日欄の各振出当時の原文言は次のとおりであつた。

(イ)  右各手形の原文言

手形     金額   満期(昭和・年・月・日)

番号4 一七五、〇〇〇円 41・5・17

同5           41・6・11

同6           41・7・24

同7  一五〇、〇〇〇円 41・6・20

同8           41・7・10

同10 一二五、〇〇〇円 41・4・24

同11          41・7・8

(ロ)  本件小切手の振出日の原文言 41・6・8

ところが、控訴人は昭和四一年六月末頃吉武の経営状態が悪化し倒産の危険があることを知つたので、同人に対し本件1ないし3、6、8、9及び11の各手形をそれぞれ満期日に決済して清算するよう要求した。このため同人は金融の途を断たれて困却し、窮余、本件4ないし8、10及び11の各手形及び本件小切手が、いずれも既に被控訴人に手形金及び小切手金を支払つて返戻を受け、控訴人に返還すべく自ら保管中であつたのを奇貨として、右4、7及び10の各手形の金額欄及び満期欄、同5、6、8及び11の各手形の満期欄並びに本件小切手の振出日欄の前記各文言を、それぞれ別紙手形目録及び小切手目録の各当該欄記載のとおり変造した上、これを被控訴人に交付して引続きこれらの手形及び小切手の割引金として被控訴人から融資を受けていたのである。従つて、右4ないし8、10及び11の各手形並びに本件小切手については、控訴人は右変造前の原文言に従つてその責任を負うべきであるところ、右各手形の満期欄及び本件小切手の振出日欄の原文言を基準とすると、被控訴人はいずれもこれを期限後裏書によつて取得したものであるから、控訴人は吉武に対する抗弁を以て被控訴人に対抗することができることとなる。そして右各手形及び小切手が吉武に対し融通のため振出されたものであつて控訴人に返還すべきものであることは前述のとおりであるから、控訴人には吉武に対する右各手形金及び小切手金の支払義務はなく、従つて被控訴人に対しても右支払義務を負担するいわれはない。

三、次に、吉武は昭和四一年六月末頃本件1の手形の弁済のためその返戻を受ける約束の下に前記のとおり変造した本件11の手形を被控訴人に交付したが、当時右1の手形は取立のため銀行に預託されていたので直ちに返戻を受けることができないでいたところ、被控訴人は、その後吉武が右11の手形の満期日にこれを決済したに拘らず、右1の手形を返戻しない。また、吉武は同年七月二四日本件2の手形の弁済のためにその返戻を受ける約束の下に浜田亮次郎振出の額面一〇万円の約束手形を被控訴人に交付したが、被控訴人は右約束を履行せず、その後右浜田振出の手形がその満期日に決済されたに拘らず、依然右2の手形を返戻しない。右のとおり、本件1及び2の各手形は被控訴人がそれぞれ本件11の手形及び右浜田振出の手形と引換に吉武に返還すべきものであり、しかも右11の手形及び浜田振出の手形の決済によつて右1及び2の各手形債務は既に弁済され消滅しているので、被控訴人の本件1及び2の各手形金請求は失当である。

四、吉武は昭和四一年九月初頃資金の調達ができなくなつて前記各変造手形の満期日が切迫したのにこれを決済することができない状態に陥つたので、万一満期日に右各手形を支払場所に呈示された場合は、右変造の事実が発覚し刑事上の処分を受けるに至るかも知れないことを恐れ、被控訴人に懇請して、同人との間に、吉武は被控訴人のため自己の知人である志賀栄子所有の別紙物件目録〈省略〉(一)記載の居宅に債権額を一〇〇万円とする抵当権を設定し、同目録(二)の店舗及び同店舗内にある文房具の在庫品一切を五〇万円と評価して被控訴人に対する債務の担保として提供し、右居宅については抵当権設定登記を、右店舗については直接被控訴人名義の所有権保存登記をそれぞれなし、被控訴人は右各登記と引換に前記変造手形を含めて控訴人振出のすべての手形、小切手を吉武に返還するとの約束を結んだ上、吉武は右各登記を終えた。従つて、被控訴人は本件各手形及び本件小切手を吉武に返還する義務があるのであつて、控訴人にその支払を求めることはできないのであるから、被控訴人の本訴請求は失当である。

五、更に、前述のとおり、本件4ないし8、10及び11の各手形並びに本件小切手は吉武の変造したものであるところ、被控訴人は右変造の事実を知りながら、あるいは、これを知らなかつたとしても、右変造は手形面上通常人の容易に看破できるものであるから、これを知らなかつたことについて重大な過失がありながら、これを取得したのであるから、被控訴人は控訴人に対しこれら各手形及び小切手の変造前の文言に従つた責任をも追及することはできない。

立証〈省略〉

理由

本件4、7及び10の各手形の金額欄及び満期欄、同5、6、8及び11の各手形の満期欄並びに本件小切手の振出日欄がそれぞれ受取人吉武憲二郎によつて変造されたものであるかどうかは兎も角として、本件各手形及び本件小切手がいずれも控訴人の振出したものであり、且つ被控訴人がこれを所持していることは、当事者間に争いがない。

ところで、原判決は、被控訴人の本件9及び11の各手形金請求については、被控訴人において右各手形を吉武から指名債権譲渡の方法によつて譲受けた旨主張し、控訴人がこの事実を争つているに拘らず右譲渡の控訴人に対する対抗要件の主張立証がなく、また、本件小切手金請求についてはその遡求要件の主張立証がないものとして、右各請求を棄却しているところ、原判決の右判断に対しては被控訴人から不服の申立がないので、被控訴人の右各請求は当裁判所の審理判断の対象とならず、そのままこれを維持するほかはない。

そこで、先ず本件4ないし8及び10の各手形が控訴人主張のように変造されたものであるかどうかについて考えるに、金額欄及び満期欄を除きその余の部分について成立に争いのない甲第四、第七及び第一〇号証、満期欄を除きその余の部分について成立に争いのない同第五、第六及び第八号証、原審における控訴人代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第四号証の一及び二、同第五号証、同第六ないし第八号証の各一及び二、同第一〇号証の一及び二、原審及び当審における証人吉武憲二郎の各証言及び控訴人代表者の各本人尋問の結果並びに原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、本件4ないし8及び10の各手形は、控訴人が従前より取引のあつた教材商吉武憲二郎に対する融通手形として、いずれも振出日は白地とし、右4、7及び10の各手形の金額欄及び満期欄、同5、6及び8の各手形の満期欄は、それぞれ控訴人が原文言として主張するとおり記載し、その余の部分は被控訴人主張のとおり記載して、振出したものであつて、受取人吉武は、被控訴人から右各手形の割引を受けた後、右各原文言による満期日の頃にそれぞれ手形金を支払つて一旦被控訴人から右各手形を受戻し、控訴人に返還すべく自らの手許に保管していたけれども、昭和四一年六月末頃から経営が苦しくなつていたのに加えて控訴人からその頃から新たな手形の融通を断わられていたため資金の調達に窮した挙句、右4、7及び10の各手形の金額欄及び満期欄、同5、6及び8の各手形の満期欄をそれぞれ被控訴人主張の文言のとおり変造した上、右各手形を以て再び被控訴人から割引を受けたところ、その後被控訴人において右各手形の振出日欄をその主張のとおり補充したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

このように本件4ないし8及び10の各手形が受取人吉武によつて変造されたものであるとすれば、振出人である控訴人は、手形法第七七条、第六九条により右変造前の署名者として変造前の文言に従つて右各手形上の責任を負担すべきこととなるが、そのうち4、6ないし8及び10の各手形は、被控訴人によつてその振出日が右認定のとおり補充された結果、満期欄の原文言に従う限り、満期日が振出日よりも前となるのであつて、確定日払の場合でも振出日を手形要件と解すべき以上、かかる不合理な手形を無効とすべきことは、当初よりこのように記載された場合と後に振出日または満期日が補充された結果かかる外観を生じた場合とでその理を異にする訳ではないから、被控訴人の右4、6ないし8及び10の各手形金請求は、無効の手形に基く請求として、その余の争点に関する判断を加えるまでもなく、排斥を免れない。

また、前記認定事実によると、吉武は本件5の手形の原文言による満期日の頃、すなわち昭和四一年六月一一日頃これを被控訴人から受戻し、その後右満期日を同年九月二一日と変造した上、再びこれを被控訴人に交付したのであつて、右事実からすれば変造後の右手形の被控訴人への裏書譲渡は、原文言よる満期日を基準とした支払拒絶証書作成期間経過後になされたものと推認されるから、右原文言に従う限り、右裏書は手形法第七七条、第二〇条第一項但書の規定により指名債権譲渡の効力しかなく、従つて被控訴人は振出人である控訴人の受取人吉武に対する抗弁を以て対抗されるものと解しなくてはならない。被控訴人は、かかる場合に変造前の署名者たる振出人に裏書人に対する抗弁を以て所持人に対抗することを許容することは、右署名者に予期しない利益を与え所持人を不当に圧迫することとなつて、手形法第七七条、第六九条の趣旨を逸脱すると主張するけれども、右法条は、変造が手形の内容の如何なる部分について行われたかを区別することなく、変造前の署名者に変造前の文言の限度において手形上の責任を負担させることによつて、これを保護しようとするものであつて、満期が原文言よりも先の日付に変造された場合であつても、変造前の署名者は、変造後の満期によつてではなく、原文言による満期を基準とした支払拒絶証書作成期間の満了するまで手形が転々流通することを予期して手形債務を負担しており、右期間内に支払のための呈示がなされることを期待しているのであるから、右期間経過後の裏書を期限後裏書として手形法第七七条、第二〇条第一項但書によつて保護する必要のあることは、変造のなされなかつた場合と全く同様である反面、かかる変造手形の所持人は、変造前の文言に従つて変造前の署名者の責任を追求すると共に変造後の署名者に対して変造後の文言に従つた手形債務の履行を求めることができるのであつて、前述のように解することが所持人に不当な不利益を強いるものといえないことは明らかであるから、被控訴人の前記見解は採用できない。

ところで、控訴人は本件5の手形は控訴人が吉武に対する融通手形として振出したものであるから、これを理由に被控訴人に対して支払を拒むことができると主張するので、この点について検討する。

約束手形が融通手形として利用されるのは、振出人が被融通者たる受取人に直接金融する代りに、手形を振出し、自己の信用によつて受取人をして他から金融を受けしめようとするためであるから、振出人は受取人に対し手形の支払義務を負わないのは当然であるとともに、手形取得者に対しては、その善意、悪意を問わず、これを理由に支払を拒みえないことも亦当然であつて、前者の支払義務を負わない点は、融通当事者間の手形授受に伴う合意に由来するといえるが、後者の抗弁の非移転性は融通手形の制度を認める以上それに必然的な制度的要請であると解される。また融通手形によつて融通を受けうる期間は、手形の特質上、特段の事由がない限り満期(正確には支払拒絶証書作成期間経過)までであつて、それ以後は融通手形の性質を失うものとみるのが相当である。けだし正常な手形の流通は満期までで、それ以後は支払段階に入るのであつて、振出人もこれを予想して手形を振出すのであり、このことは融通手形の場合も同様であること、被融通者たる受取人が仮りに満期後に割引を受けても、割引人は直ちに振出人に支払を求めることができ、これに応じた振出人は原因関係上直ちに受取人に償還を求めることができるのが通常であるから、受取人としては金融の実を挙げることができないこと、満期後は裏書人が担保義務を負わない結果、手形によつて金融を受けることは実際上困難であることなどの諸般の事情に照すとき、融通手形授受の当事者としては、通常手形の利用を満期までに限定する趣旨であつたとみるのが相当であるからである。そして、融通手形が利用期間を失し、融通手形の性質を失うに至つても、振出人が受取人に対し支払義務を負わない関係に変りはないけれども、これを理由とする抗弁の前記非移転性は融通手形特有の制度的要請であるため、その必要性を欠くことによつて当然消滅し、通常の手形の場合と同様、振出人は手形法の規定に従い、右抗弁を以つて所持人に対抗することができるようになると解する。

いまこれを本件についてみるに、本件5の手形は控訴人が吉武に対し融通手形としてこれを振出し、吉武は期限後裏書によつて被控訴人に割引譲渡して金融を受けたものであること前認定のとおりであるから、右手形は特段の事由がない限り割引当時すでに融通手形の性質を失つていたものであり、従つて控訴人は吉武に対する支払義務のないことを理由にして被控訴人に対し、その善意、悪意を問わず支払を拒否することができるのは、前説示のとおりである(もつとも、本件は手形の原文言に従う限り、一旦割引を受けた融通手形の再度の利用に該当すること前認定の事実関係に照らし明らかであるところ、かくの如き再度の利用は融通当事者間に別段の意思表示がない限り許されないとすること最高裁判所の判例((昭和四〇年一二月二一日、集一九巻九号二三〇〇頁))であり、右見解に従うとき、再度の利用を許す別段の意思表示の確認できない本件では、右手形は前記の如く吉武が満期日の頃被控訴人からこれを買戻したときに融通手形としての性質を失うに至つたものとしなければならないが、このことは前記結論の正当性を補強するものであつても、これを左右するものでないことはいうまでもない。)。従つて融通手形に関する控訴人の前記抗弁は理由があり、被控訴人の本件5の手形金請求は失当である。

次に、控訴人は、吉武において本件1の手形の弁済のため同11の手形を、同2の手形の弁済のため浜田亮次郎振出の額面一〇万円の約束手形を、それぞれこれと引換に右1及び2の各手形の返還を受ける約束で被控訴人に交付し、しかも本件11の手形及び右浜田振出の手形はいずれも既に支払済であるから、右1及び2の各手形債務は消滅したと主張し、原審及び当審証人吉武憲二郎の各証言によると、吉武が本件1及び2の各手形のいずれかの弁済のために右浜田振出の額面一〇万円の約束手形一通を被控訴人に交付したことが窺われるけれども、浜田振出の右手形が本件1及び2の各手形のいずれの弁済のために交付されたのか明らかでないばかりでなく、原審における被控訴本人尋問の結果中この点に関する部分と対比するとき、右各証言を以てしても、右浜田振出の手形と引換に本件1又は2の手形を返還する旨の合意が被控訴人との間に成立したことを認めるには足らず、その他本件に現われた全証拠によるも控訴人の右主張を確認することはできないので、右抗弁は採用できない。

更に、控訴人は、被控訴人と吉武との間に、本件1ないし3の各手形について、被控訴人は吉武が別紙物件目録記載の居宅及び店舗その他の担保を提供するのと引換に本件のその余の各手形及び本件小切手と共にこれを返還する旨の合意が成立し、吉武は被控訴人に右担保を提供したから被控訴人は右1ないし3の各手形を吉武に返還すべきであると主張する。そして、満期欄を除きその余の部分につき成立に争いのない甲第一一号証、振出日欄を除きその余の部分につき成立に争いのない同第一二号証、官署作成部分につき成立に争いがなくその余の部分は原審証人吉武憲二郎の証言により真正に成立したものと認める同第二四号証、官署作成部分につき成立に争いがなくその余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める同第二五号証、原審証人吉武憲二郎の証言により真正に成立したものと認める同第二三号証及び第二六ないし第二八号証、成立に争いのない乙第一三及び第一四号証、当審証人吉武キクエの証言(一部)、原審及び当審における証人吉武憲二郎の各証言(いずれも一部)並びに原審における被控訴人本人尋問の結果(一部)を総合すると、吉武は、前記4ないし8及び10の各手形の外、同様に控訴人から融通のため受領し被控訴人の割引を受けた後受戻していた本件11の手形の満期欄及び本件小切手の振出日欄をも、右同様その原文言が控訴人主張のとおりであつたのを被控訴人主張のとおりの記載に変造して再び被控訴人に交付していたのであるが、以上の各手形及び小切手で一時を凌いだものの、右各手形の変造後の満期日及び右小切手の変造後の振出日が近づくにつれ、これらを呈示されれば右変造の事実が発覚して刑事上の処分を受けることにもなり兼ねないことを恐れ、昭和四一年八月末頃被控訴人に右変造の事実を打明けた上、被控訴人に対して負担している本件各手形債務及び本件小切手債務を含む合計二〇〇万円余の債務の担保として、先に同年八月一日被控訴人に提供した別紙物件目録(二)記載の店舗の外に、同目録(一)記載の居宅を提供するから本件各手形及び本件小切手を返還されたい旨懇請し、被控訴人の確答を得ないまま同人が右申出に応じてくれることを期待して、同年九月三日右(一)の居宅に代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記、抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定登記をしたことは認められる(右認定に反する前記各証人の証言及び被控訴人本人尋問の結果の各一部はいずれも借信し難い)けれども、吉武が右担保を提供するのと引換に、変造されていない本件1ないし3の各手形をも含めて本件各手形及び本件小切手を同人に返還する旨の合意が成立したとの点については、控訴人の右主張に添うかのような前記各証人の証言部分並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果の一部はいずれも原審及び当審における証人吉武憲二郎のその余の証言部分に照して容易に信用することができず、他にこれを肯認するに足る証拠はない。従つて控訴人の右抗弁も採用することはできない。

そうであれば、被控訴人の本訴請求の内、控訴人に対し本件1ないし3の各手形金合計二六五、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四一年一一月二二日以降その完済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを正当として認容すべく、その余の請求は理由がないからこれを失当として棄却すべきであつて、これと同旨に出た原判決は結局相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないこととなるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 輪湖公寛 中川臣朗)

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